靴を購入されるとき顧客は様々なことを思っています。
☆購入する靴が決まった直後「靴の裏(底)に墨を塗ってほしい」と店頭で頼まれたことがある。 墨はありませんので黒いマジックではいかがですか?と申し上げましたら「お願いします」と。 さっそく実行したところ「それで結構です」と言われその顧客はとても安心をされたようでした。
☆顧客が提げている大きな袋に、購入された靴を入れましょうか?とお尋ねしたところ、「中に食品が入っているので別の袋に入れてほしい」と言われました。
☆「今日は足が少しむくみぎみですが靴を試させて頂いてもいいですか?」と言われました。
☆ご夫婦で来店され「実は足が・・・」ということで、どうぞ足を見せてください、どのようなお悩みですかと伺い、小生のポケットから出したハンカチを敷きその上で足を拝見しました。 ところがその直後、奥様から「あなた、ここへ来て良かったね」と話をされ一時絶句されておられました。 よくよく足の辛さを抱えておられたのでしょう。
☆靴選びの最初に「合う靴ってむずかしいね、旅行の思い出は靴(足)の痛みしか覚えていない」と言われことがあります。
☆「結婚式があり来たんですが、間違ってカジュアルシューズを履いていることに気が付いた」と来店された顧客がいました。 急いでフォーマルシューズをお試しされ店の前にあるホテルの式場に駆け込んだ顧客。 来店直前から大汗をかいていました。
☆「靴が大きくなったのでどんな中敷きを買ったらいいでしょう?」 と語りながら肝心の靴を持参しない顧客。
☆修理でお預かりした靴が出来上がり、連絡を差し上げたところ「実は亡くなりましてね」と電話に出た方から返答がありました。 即靴をお届けに上がりお悔やみを申しげましたら「ご丁寧に恐縮でした」と頭を下げられ、真新しくなった靴をご覧になっておられました。
☆店頭で,、履いておられる靴を磨いておりましたら、それをご覧になっている他の顧客から「大阪はお客の靴まで磨くんですか」と言われました。
☆靴をお試し中「この近くに階段がありましたら歩いてみたいのですが」とお尋ねがあり誘導したところ、慎重に歩いてみながら「大丈夫ですね」と納得されお買い上げいただきました。
☆ドイツで指導を受けたトランペット奏者が靴選びの最中に語ってくれた・・・「あなたが履いている靴ではトランペットの吹きこなしはむずかしいね」と言われたというのです。トランペットを吹くのに靴まで指摘されるとは思わなかったと。
☆顧客の靴を磨いているとき、職場の上司や同僚と料理屋さんに上がった時の話をしてくれました。「小さな宴会が終了したところで玄関に出てみると自分の靴が中央に、上司の靴は一番端に置かれていた」と。 その上司の靴をみると磨かれている様子もなかった言われたのです。
以上内容に統一性がなく恐縮ですが、靴にはいろんな思いがあるものです。
靴をフィッテングしていると、顧客は今までの思い出を話されます。 靴を履いてよかったこと、つらかったこと、悔しかったこと、痛かったことなど実に様々ですが、店頭でお伺いをしていると大変勉強になることが多いものです。 販売業として小生は靴以外にバックや石鹼、化粧品、肌着、文具、おもちゃなど多種類を手掛けてきましたが、靴ほど思い入れの強いものはないようです。
靴や履きものは身体の土台と言われますが、上記のような事柄に接すると、靴は社会生活の中でも切り離せない重要な身の回り品であることを感じます。 実は先般葬式があり入棺に接した際、皆で草鞋(わらじ)を履かせてあげしっかり結びきりをして差し上げました。 冷たい足に触れ同時に藁(わら)にも触れながら、あの世でも履きものの大事さを思ったものでした。
シューフィッター 大木金次